インタビュー「3.11後の大友良英——そうじゃないところを示す音楽への試み」【6/7】
聞き手・構成:伊藤順之介
出典:立教大学比較文明学会紀要『境界を超えて――比較文明学の現在』23(2023)
「いや、夜好きだから」って言いたくなっちゃう
─今の話とも関連することで、この前のラジオ8でもお話しされてましたが、震災の後にやってきたことは誇りに関わることだった、 と。誇りは、例えば和合さんの「福島を生きる」という言葉と近しい関係にあるんじゃないかな、と思うんです。
大友 誇り問題ね。だよね。
─プロジェクトFUKUSHIMA!の発足直前、大友さんは「福島をポジティブに転換する9」とも発言されてましたが、震災後の活動には、ひとつの言葉とか、ひとつの物の見方の中に個人を押し込めてしまうような、そういう側面って少なからずあったんじゃないかなって思うんです。誇りを持つことと、集団の画一化を促す危険性について、どういうふうに考えているのかな、と思って。
大友 いや、難しいですよ。和合さんが「福島を生きる」って言ったのは誇りが傷ついたからだと思うんです。あれは悲鳴だと思う。 心からの。だから聞いてて苦しくなっちゃうんだと思う。心優しい人には響くかもしれないけど、そうじゃない、福島と関係ない人から見たら重たいだけかもしれないな、とも思っちゃうの。じゃあ、オレは「福島を生きる」って言えるかっていうと、ぜんっぜん言えない。福島じゃないもん、オレ。自分の中に福島はあるけども。オ レはそういう意味ではすごい半端な福島人で、福島で育ったけど生まれたわけじゃないし、どこの土地に対してもそんなこと思わないと思う。日本に対してもね。だけど、そういうふうに思う人がいるのもよくわかる。その上で、そういうふうにやるしか方法がないっていうのだけは嫌なんだよね。やっぱいろいろいていいって思ってるの。どっかで。だから、和合さんみたいな人もいていいけど、オレみたいなチャラチャラした人間だっているし。「明けない夜はな い10」とか言われるとさ、「いや、夜好きだから」って言いたくなっちゃうんだよね。「明けない夜はない」って言った場合、夜が悪者になってるけど、夜好きな人だっているんだけど、っていう。なんか いつもそこに入れない人のことを考えちゃうかなあ。自分自身がそうだったから。これ、和合さん批判のつもりで言ってるわけでもなんでもないんだけど。そのオレが「誇りを取り戻す」とか言ってるわけですよ。なんだよこいつって思うかもしれないけど。 ただね、どんな人でも誇りゼロじゃ絶対生きていけないと思ってる。「俺そんなのない」って言ってる人は、誇りに関する危機を感じたことがないだけなんだと思う。極端なことを言えば、例えば今、 日本がなくなってしまったとして日本人が5人くらいしか残ってなかったら、どんなにチャラチャラした人でも日本人としての……っ て考えちゃうと思うんだよね。だけど通常そんなこと考えないで済むほうが全然良い世の中だと思ってて。その上でなんだけども、考えないでいいような状態ではなくなったのは事実だと思うんだよね。 福島のことでとても傷ついてしまって。オレは、自分は大して傷ついてないけどくらいに思ってたけど、自分も傷ついてたって後で気づいたときに、じゃあその傷をどうやって修復するんだろうなってときに、変なやり方すると失敗するなって思ってて。変なやり方っていうのは、イメージ戦略とか。「福島は元気だ」とか、なんとなく良いイメージみたいなもんを広告のように出す方法で誇りなんて取 り戻せるはずがない。 福島の人たちのコンプレックスって原発から始まったことだけじゃなくて、訛りの問題とか含めてすごいいっぱいあるんだよ。そういうのをひとつひとつ解決してくってことは本当に簡単じゃないんだけど、丁寧に、問題をひとつひとつ自分たちの努力で解決していくことでしか誇りは取り戻せないだろうなって。自分たちのやってることが周りから評価されたりとか、自分でもこれ良いなって思えることで立ち直ってくしかないと僕は思ったんだよね。一番良いのは、放射線を自分たちの力で除去していって、全く放射線の出ない農作物を作るとか。そしたら10年もしないうちに現実にそうなってったからね。すごいなって思いました。だけどまだ足りないのは、そのことを周りがあんまり認めてくれてない。やっぱちゃんとそれが伝わるようになるといいなって思います。だからオレ、福島で始まった盆踊りをみんなやりだして、「この盆踊り最高!」って世界中のいろんな人が思うようになったら最高だって、ちょっと夢描いてたんだけど。例えばオリンピックをきっかけに、盆ダンスが流行って「福島の盆踊り悪くねえな」って思われたら良いなって思ったけど、オリンピックがあんなになっちゃって、それは諦めました。
福島のラーメン、うまいんだよ
─誇りという言葉が出てきたのは、どうしてなのでしょうか。
大友 これね、震災の1年目だと思うんだけど。誰が言い出したか覚えてないんだよなあ。ネットでいろんな言葉が飛び交ってるときに、福島の人にとって今一番問題なのは誇りが傷ついたことじゃないかって、誰が言ったのかなあ。オレ、そのとおりだなって思ったの。もちろん、放射線の問題とか津波の問題とかいろいろあるけど、誇りが傷ついたのが一番厄介だなって。あのときさ、福島ナンバーの車が入れないとか、放射線を浴びた女の子が結婚できないとか、ああいう差別みたいのがあったじゃない。あんなのほかの人から見たら、そんなのしてないし大したことないって思うかもしれないけど、本当にシリアスに傷ついてたんだよね、福島の人たち。これ結構トラウマになるなって思って。おそらく今でもあれがあるんだよね、福島の人たちの行動の背景には。だからそれが悪い方向にいかないようにするにはどうしたらいいんだろうなってずっと考えてる。 福島でのほとんどの活動を今、子どもたちとのワークショップと か何か物を作ることにしてるのは、一個一個そうやって作ってく姿を見せてくことしかないなって、僕は思ってるからなんです。そういう中で、自分たちで何かを作れたって実感できるだけでいいんで す。それが自信になるから。だから物を作るってことを一緒にやる。 その姿を見せる。それでいいかなって。それ以外のことはオレにはできないなってある時期よくわかった。放射線除去とか原発を収束させるとかは、もう全く方法すらわかんないので、そっちじゃないことでやろうって思ったけど、なんでそんなこと考えたんだかはよくわかんない。 で、ここ(質問紙)に書いてある(ドナルド・)トランプの言ってい た“MAKE AMERICA GREAT AGAIN”。気をつけないとそういうふうに聞こえちゃうかもしれないけど、そもそもアメリカはグレ ートだったけど福島はグレートだったことなんかないからね。江戸時代くらいまでに戻らないと。だから福島がグレートって言えるようになれれば良いってことじゃないんだよね。差別されてるって福島の人は思ってるんだよ。どっかで。背景で。で、福島以外の人は誰も差別してないと思う。実際、現実的に。ほぼしてないと思うんだよね。だけど差別ってそういうもので。そこをね。なんとかしたい。 それをすごい上手く巧妙にコメディにしたのが、『あまちゃん』っ ていうドラマだよ。あれはびっくりするくらい見事にそれを……。 訛ってる地元の人、それから東京から来て訛った人、訛ってない地元の人とかを描きながら。あれは南東北で育った宮藤さんじゃないと書けないと思うけど、ああいうことの交通整理というか、ああいう中で生きてく方法かなと思ってて。だから誇りとか言うとすっげ え大げさな感じになっちゃうけど、訛ってるのを直さなきゃいけない……福島の人って直すんだよね、だいたい。一生懸命。関西の人は直さなくても平気だったりするじゃない。あの差。こう言ってる オレでさえ、やっぱり訛ってられないもんね、東京で。僕自身はネイティブの福島弁も喋れないから、どっちもできない人間になっちゃってて。半端に育っちゃったんで。そんな人間にできることかな って。これ、論文になんないかもしれないけど、でも率直な感想。 だから福島がまとまってグレートになろうみたいな動きがもしあるならすごい嫌。本当にやだ。もうちょっとそうじゃないほうが良いと思うんだけどね。例えば福島でやってる祭りの太鼓がすっげえ面白いからちょっと参考にしようよってブラジルの人が見に来るとか。 オレ、それだけで良いと思ってるんだけどね。そしたら変わるよ、と思ってる。そういう些細なことだけで変わると思ってるんだけどね。
─それは、例えば北米のいちフォークミュージックであったブル ースが世界中に広まっていったように、福島から出てきた音楽とか文化っていうものが、世界のいろんな人から、日本のいろんな人からも興味を持たれるものになっていけばいい、っていうことでしょうか。
大友 もうたったそれだけで良いと思ったんだよね。特に震災直後のときは、例えば太陽光発電の発電量世界一に福島が仮になったら、もうそれだけでこの汚名は返上できるとか、当時はそういうことばっか考えてた。それが僕が言ってる「ポジティブに転換する」 ってことで。あのあと福島県がそういう考え方を真似して、子ども たちを新聞の紙面に並べて「福島は元気だ」とかキャンペーンやりだしたけど、ああいうことじゃないんだよ。ああいうのは逆にイタいだけで。そんなことよりも、実質的になんか作っていくことかなって僕は思ってるんだけどね。なかなかね。ブルースの例みたいなものが福島から出るとは思わないけど。ないから元々そんなのあんまり。福島の民謡がそんな普遍的に広がるともとても思えないから、 う~ん、資源乏しいな、と思ってるんだけど。 でもさ、例えばみんなほとんど知らないと思うけど、福島のラー メン、意外とうまいんだよ。喜多方ラーメンは有名かもしれないけ ど。でも宣伝力ないからあんまり知られてないんだけど。そういうことでも良いと思うんだよね。「ああ、ラーメンうまいよね」って言われただけでうれしいもんなんですよ。そのくらい褒められたことないのがますます褒められにくくなった状況の中で、なんかちょっと褒められることを作ってあげようよくらいの感じではあるかな。でもなんでそれにオレこんな夢中になってるかって、オレもその中のひとりで、福島生まれじゃないけど福島の人間だってどっかで思っているからかもしれない。あんまり自分じゃ意識してなかったけどね。